東大と、彼と私と 2

午後9時、室内の気温でつ。


当時中学生だった私にとって、近い将来をイメージすることはほとんど出来なかった。目の前にあるモノを追うことに必死だったからだろうか?とにかく大学のことも真剣に考えたことがなかった。勿論、大学進学を意識した学校に通っていたわけだから、ぼちぼちと大学名も考えなければならなかったのだけども。そんな折に触れた東京大学。東大京大と言うと、誰もが入れるような大学ではないということ、そして選ばれた一部のエリート達だけが入学を許されている、敷居の高い最難関大学ということは地方の中学生なりにも知っていた。そして思っていた。自分みたいな人間が、東大京大と絡むようなことはないだろうと。
勿論その思いは、東大受験を諦めた今も変わってはいない。琉大受験を志した今、私が、これから東大ブランドと交わるようなことはないのだから。しかし当時は、現役の東大生とチャットする機会を得ただけで、私の中にある東大像がぐっと鮮明に、近くなった。そして東大生の彼と会話しているだけで、何となく、自分も東京大学を目指せるのではないか?と思うようになったのだ。


「東大って難しいですか?」
「んーでも、中2でしょ?出来るよ。」
「どうやったら受かります?」
「えっ本気でやる?やるの?」
「はい。だって今から目指したら出来るんですよね?」


そんなやりとりのあと、彼から、東大受験に向けた、下準備に対する指示が書かれたメールが届いた。そこには、科目別の勉強法だとか参考書の使い方だとかが、詳細に説明されてあった。

桐原書店のコンプリートっていう英語の分厚い参考書に載っている例文を全部覚えたら英語は大丈夫」

このアドバイスは衝撃的だったので今でもよく覚えている。何せ例文を全部暗記するだけで「大丈夫」と言うのだから。(今考えるとそれだけじゃ対応しきれないという事実に気づくが、それでも全部暗記したら英作文や英文法・語法の力が相当強化されるのは間違いない)メールを貰った翌日、早速担任の英語教師に尋ねに押しかけていった。そこで幸運にも見本版を貰い、興奮に任せて一気に10例文ほど暗記した。しかし当時は今よりもっと英語を苦手としていた。だからいきなり「正しい」例文を大量に暗記させられた私の頭は収拾がつかなくなったのだろう、翌日和文を目の前にしても、例文が全く思い出せなかった。思い出せたとしても、副詞の位置や時制が間違ったりと、悲惨な英文となっていた。
こんな状態だったので全ての例文を暗記するのは早々にして諦めた。30例文覚えた辺りで放り出したと思う。だが、コンプリート自体を放棄したわけではなく、一応使っていた。載っている説明も大して親切なつくりとは思えなかったが、東大に受かった彼が推すのだからという神通力、のようなものに惹かれそれから2年間近く・・高1ぐらいまで辞書代わりに使っていたと思う。それにつけてもあの参考書は(英語を苦手としていた)中学生にとっては強烈だったな。


また、NHKのラジオ英語講座を聴けとも指示してあった。これまた翌日から、月の途中ではあったがテキストを購入し、英語講座を聴き始めた。そしてその習慣は東大受験を諦めた今も続いている。彼が与えた最大の影響の1つは、おそらくこれじゃないかと思っている。この英語講座を聴いていなかったら苦手意識から脱皮できなかっただろうし、英語が楽しいとも、海外留学を考えることもなかったと思う。この英語講座を知ったことで、私の人生は少し、いやかなり?変わったんじゃないかと。


その他にも、数学は教科書をマスターせよ!とか、数研出版から出ている問題集を使えとあった。今考えると、現役東大生もしくは東大受験生が東大志望の中学生にアドバイスする内容としては狂いのないものだったと思う。多分私でも同じことを言ったはずだ。

現役東大生からのアドバイスを頼りに、私は東大受験を決めた。今となっては永遠に手に入れることのない遥か前、中2の夏に。